マチノワ · 2026年 春号
G9-02·2026-06-14·約4分
SHIBAMATA

柴又を歩く。帝釈天の参道と矢切の渡し、
寅さんの下町

京成柴又の駅を出ると、まず鼻先に届くのは醤油の焦げる甘い匂いだ。改札の正面には鞄を提げた寅さんの銅像が立ち、その視線の先へ向かって石畳の道がまっすぐ伸びている。両側の軒からは草だんごを蒸す湯気と、川魚を炙る煙がゆらりと立ちのぼる。耳をすませば、店先で団子を丸める手の音、観光客の笑い声、そして遠くから江戸川を渡ってくる水のにおいを含んだ風。この街は、歩くより先に匂いと音で迎えてくれる。傘を持つか迷うような薄曇りの午後、参道の入口から、ゆっくり足を踏み入れてみる。

副題

江戸川の風と、団子を焼く煙のあいだで

編集

マチノワ編集部

江戸川の風と、団子を焼く煙のあいだで編集部厳選SHIBAMATA厳選5スポット2026年 春号江戸川の風と、団子を焼く煙のあいだで編集部厳選SHIBAMATA厳選5スポット2026年 春号
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厳選5

江戸川の風と、団子を焼く煙のあいだで

順位ではなく、編集部が選んだ5スポットを順にご紹介します。京成柴又の駅を出ると、まず鼻先に届くのは醤油の焦げる甘い匂いだ。改札の正面には鞄を提げた寅さんの銅像が立ち、その視線の先へ向かって石畳の道がまっすぐ伸びている。両側の軒からは草だんごを蒸す湯気と、川魚を炙る煙がゆらりと立ちのぼる。耳をすませば、店先で団子を丸める手の音、観光客の笑い声、そして遠くから江戸川を渡ってくる水のにおいを含んだ風。この街は、歩くより先に匂いと音で迎えてくれる。傘を持つか迷うような薄曇りの午後、参道の入口から、ゆっくり足を踏み入れてみる。

SPOT01
商店街 · 東京都葛飾区柴又

帝釈天参道(神明会)

駅から二天門までのおよそ200メートル、石畳の両側に和菓子屋や川魚料理の店がびっしりと軒を連ねる。この通りの面白さは、半数以上が店舗兼住宅の昔ながらの造りを今も残していること——奥に暮らしの気配を感じさせる構えのまま商いを続けている点にある。なかでも明治の創業という髙木屋老舗は、映画『男はつらいよ』のロケで休憩や着替えの場所として使われたことで知られ、店先では今も信州産のよもぎをたっぷり練り込んだ深緑の草だんごが丸められている。焼きたての煙とよもぎの香りを浴びながら歩くこと自体が、もう柴又の体験の半分だ。

距離駅〜二天門 約200m
雰囲気店舗兼住宅の旧い町並み
SPOT02
寺院 · 東京都葛飾区柴又7-10-3

柴又帝釈天(題経寺)

参道を抜けた先で、彫り物に埋め尽くされた二天門が待っている。日光東照宮の陽明門を手本にしたという透かし彫りの門をくぐると、正面の帝釈堂がさらにすごい。お堂の側面外壁に、法華経の説話を題材にした十枚の大きな木彫りが並び、十人の彫刻師がそれぞれ一面ずつ受け持って彫り上げたという。これらは「彫刻ギャラリー」として、屋根付きの回廊から間近に見上げられる。同じ拝観券で見られる邃渓園は、大客殿の前に広がる池泉式の庭で、彫刻の濃密さとは対照的に静かだ。拝観料や開門時間は変わることがあるため、訪れる前に寺の案内で確かめておきたい。

拝観彫刻ギャラリー・邃渓園 共通 大人400円
見どころ二天門・帝釈堂の法華経説話彫刻
SPOT03
邸宅・庭園 · 東京都葛飾区柴又7-19-32

山本亭

帝釈天の喧騒から路地を一本入ると、急に音が遠のく。大正末期に建てられたこの邸宅は、書院造りの座敷に洋風の応接間を組み合わせた和洋折衷で、磨き込まれた廊下のひんやりした感触が裸足に心地よい。圧巻は座敷から眺める書院庭園で、滝と池を配した造りは米国の日本庭園専門誌のランキングで上位に選ばれたこともある。畳に腰を下ろし、抹茶を頼んで縁側越しに庭を眺めていると、ここが下町の真ん中だということを忘れてしまう。入館料も手頃なので、参道歩きの中休みにちょうどいい。料金や開館日は公式の案内で確認を。

入館100円
建築大正末期・和洋折衷
休館第3火曜ほか
SPOT04
渡し船 · 東京都葛飾区柴又・江戸川

矢切の渡し

山本亭の裏手から土手に上がると、視界がいっぱいに開けて江戸川が流れている。河川敷の野球場の脇に船着場があり、ここから出る矢切の渡しは、今では都内に残る唯一の渡し舟だ。葛飾と対岸の松戸を結ぶこの渡しは江戸時代から続いていて、船頭が櫓を漕ぐと水を切る音だけが響き、参道のにぎわいが嘘のように静まり返る。片道わずか数分の船旅だが、川面すれすれの目線から見上げる空と土手の眺めは、橋を渡るのとはまるで違う。3月中旬から11月末はほぼ毎日、冬場は土日祝などに限って動くので、運航日と時間は事前に確かめておくと取りこぼしがない。

運賃大人片道200円
運航3月中旬〜11月末は毎日/冬季は土日祝ほか
SPOT05
資料館 · 東京都葛飾区柴又6-22-19

葛飾柴又寅さん記念館・山田洋次ミュージアム

川辺を少し下ったところに、この街を全国に知らしめた映画の記念館がある。見どころは、『男はつらいよ』の団子屋「くるまや」の茶の間や帝釈天参道のセットが、実際の撮影に使われたものを移築・再現して並んでいること。柱の傷や畳の擦れまでがそのままで、スクリーンの向こうにあった世界に上がり込むような感覚になる。隣接する山田洋次ミュージアムでは、監督が手がけた数々の作品を映像と資料でたどれる。映画を観たことがなくても、昭和の下町の暮らしぶりを覗く資料館として楽しめる。入館料や休館日は変更されることがあるので、来館前に公式の案内で確認を。

入館一般500円
見どころ撮影使用の「くるまや」セット
編集部のひとこと
団子を焼く煙が途切れた向こうに、いつも川がある。柴又は、参道の賑わいと水辺の静けさが背中合わせに同居する町だ。
マチノワ編集部
編集後記

最後に、歩き方

渡し場から参道へ戻る頃には、日が傾いて石畳が飴色に光っていた。土産の草だんごを提げ、帝釈天の屋根を背に駅へ歩くと、来たときに嗅いだ醤油の匂いがまだ漂っている。寺の彫刻、大正の畳座敷、川を渡る木の舟、そして映画のなかの茶の間——柴又はそれぞれが別々の時代から顔を出しながら、ひとつの下町に溶け合っている。歩き終えてみると、賑やかなはずの参道がどこか懐かしく、静かだったはずの川辺がやけに饒舌に思い出される。なお、各施設の拝観料や渡し舟の運航日は季節で変わるので、出かける前にそれぞれの公式情報で当日の状況を確かめておくと安心だ。また日を改めて、今度は団子を食べ歩きながら、ゆっくり来たいと思う。

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